離婚したかったのは、どっち?
先月喧嘩した時に、旦那さんから
もう無理だから。60年先まで一緒に居るのは考えられない。
そう言われた。
約1年前、産後3ヶ月くらいの頃に離婚したいと言ったのは私の方だった。
今思えば産後欝だったのかもしれない。
里帰り出産を終え、旦那さんと子供と一緒に生活を始めた頃、育児に協力的でない旦那さんのことを
この人必要なの?
と思ってしまった。
約3時間ごとの授乳、オムツ替え、加えて家事炊事。
初めての子育てで24時間神経が立ってて、細切れ睡眠。
子供の愛情欲求から抱っこじゃないと寝ないことも多かった。(ベッドに置くと起きる)
元々少し潔癖で神経質な部分が私にはあったから、育児も、意識してないけど完璧にしなければと義務感があったのだと思う。
実家ではないので、そんな幼い子供を連れて買い出しに行ったり、時には出勤する旦那さんを送り迎えしたり。
元々正社員で働いていて、育児休暇を取得した。
正社員でサビ残超過なアパレルデザイナーをしてた私は、育児休暇なんて専業主婦のようなものだ。
ずーーっと家に居るのだから、家事炊事育児全てやらなくてどうするんだ。
そう思っていた。
けれど実際は育児休暇なんて家事炊事する為のものではなくて、育児する為のものだった。
家事炊事なんてやれない。
育児で一日終わり!
もし余裕があれば、家事や炊事を挟んでも良いんじゃない?
それくらい、育児(特に乳児)は過酷だと知らなかった。
産後のホルモンバランスの崩れもあって、まんまと欝になった。
欝になった私は、欝だとは気付かず(欝の人は自分が欝だとは気付かないですよね)その鬱々としたものを旦那さんにぶつけてしまっていた。
もちろん、そういうことにも気付いてなかった。
旦那さんに怒りながら家事や育児を欲求するのは、当然だと思っていた。
いつも腹が立っていた。
どうしてもっと手伝ってくれないの?
あなたと私の子供なのに。
仕事してる方が楽じゃない。
こんなに私がしんどいのは、あなたが手伝ってくれないから。
そう思って、いつも怒りながら気持ちを伝えていた。
それでも趣味(ゲームや会社のサッカーチームの練習)、友人と飲みに行ったりを産前と変わらず楽しむ旦那さんに、我慢できなくなった。
私が手伝ってほしいと言ってるのに、それでも遊びに行ってしまう。
私は育児の為に、禁酒禁煙ずーーっと貫いてるのに。
友達とごはんなんてずーーっと行ってないのに。
私ばかり我慢してる。
旦那さんが居る意味あるの?
そう思った。
私から一方的に、別れたいと言った。
もう無理だから別れて。
やってけない。
あなたのこういうところが無理だ。
ああいうところも無理だ。
ご実家のことも、あれも嫌だった。
これも嫌だった。
それも、どれも、、、
少しでも嫌だったことを全部並べて離婚しろと迫った。